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いま思ったこと29112014

共感力
もっともらしいことを論理立てて説明することに長けている人は多いが、そういった人には共感力が欠けていることが多いように感じます。自分を思い返してみても、なんで?それ変じゃない?と思ったときには変だという理由をつらつら考えてしまったり、改善方法を考えてしまうわけです。

でも、そもそも変じゃない?と思ってる時点で、なんで「決定者」がその判断を下したのかを考えることが難しいのです。多くの人は直感で決定を下してるわけで、質問してもうまい説明は返ってこないかもしれない。そうしたときに、どうやって共感するのか、自分以外の立場に対してフラットな視点で物事を受け入れることが出来るのか、なかなか難しいわけですよね。

解があるわけではないのですが、改善点をゆったところで相手が求めてないケースがほとんどだ、ということを鑑みても、とりあえず肯定することから入るのがいいのでしょうかね。世の中、自分本位になってもいいことありませんしね。

チームワーク
チームって、能力が均質なときが一番うまく機能する気がする。圧倒的な力量のリーダーが慈愛の心を持ってるとき、もしくはずば抜けた部下が奉仕の精神をもってるときも機能する。でも、独立精神旺盛でずば抜けた人が、しかも能力にデコボコがあるとき、チームなんてどうやって成り立たせるんでしょうね。
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乱れたときこそチャンス

世の中の枠がキチっときまり、シャンシャンと物事が進んでしまうときにおいては、飛躍的なチャンスを掴むことは難しく、一段一段と歯車の中を上っていくことが大事となる。一方で、世が乱れ始めたとき、全ての枠が再構築されようとするとき、突然変異のようなチャンスをものに出来るかどうかは自らの才覚次第である。誰が乱し始めるのか、いつ乱れるのか、それを見極めることが本質。まだまだ先は長い。

それにしても、世の中にはどれほどの大器が眠っているのだろうか。幕末だけを見ても綺羅星が無数に躍動しているが、戦前・戦後になるとそれこそ官民問わず開花する才能が語られる。語り部が増えただけ、とも言えようが、増える語り部の需要を満たすだけの人物が存在したことが面白い。

果たして現在、どこの誰が語るに相応しい人物であろうか。社会が大きくなりすぎて早熟の天才が社会の一員として認められるには難しい状況があるのは間違いない。一方で、産学官どこからであれ、もっと鳴り響く何かが聞こえてきてもよいとも感じる。夢がないのか、場がないのか。全て小粒に聞こえるのは実績が足りないからか。

時代が先に駆け抜けていってしまったように感じる。しばらくは淡々と過ごすくらいしか見つからないが、その間に鋭気を養い地力を身につけ、何もなければ一生、蓮が咲き誇る河のほとりでお茶でもしていようか。

変わってしまった

自分の小さい頃の写真を見直す機会があった。生まれた頃の写真、家族旅行の写真、幼稚園の写真。ほとんどの写真を見たことがなく、赤ん坊の頃の写真に至っては、本当にこの写真に写っている小さな男の子が自分なのかすら分からなかった。ぷっくりと太っていて、どちらかといえば細身であった幼少時代の記憶に合わないのだ。

さて、自分が小さいということは、当然ながら両親も若く、祖父母も若い。両親の格好も古めかしく、歴史が進んだことを感じざるを得ない。こうした「時の変化」に対し、自分自身の感情は大きく二つの方向に揺れ動いていた。

まず、過去に対して「安心感」や「憧れ」などのポジティブな心情を抱く。過去は既に完成されたもので、それに手を加えずとも、安心して見ていることが出来る。そうした時代に戻りたいとすら思う。

こうした感覚を表側で持ちつつ、裏側ではまた異なる感情と闘っている。未来への「不安」。現状に大きな不満を抱いたことはないが、将来に大きな不安を抱くことは多い。せっかく手に入れた満足が、幸せが、時間が経つにつれ、自分の掌から零れ落ちてしまうように感じてしまう。変化していくこと、時が経っていくことが耐えられないのかもしれない。

あぁ、世界は、あなたは、わたしは、変わってしまった。こうして、過去に憧れ、未来に恐怖し、現在に縛られてしまう。

強欲な投資家

投資家の中には、強欲な人たちが多い。

やれ資本の論理だ、やれ株主の利益だ、そんなの会社側からすればどうでもいいように感じる。

儲かるから正義だと思ってしまう馬鹿な人たちが多いんだけど、そういった人たちを心から嫌っています。

あなたの正義は、いかなる論理をもってしても、正当化されることはない。

無駄に正当化せずに、お金が欲しいから、と言えばよいのに、そう宣言する勇気もない奴ら。

会社が思うとおりに行かないからといって会社を馬鹿にする必要はない。投資しなければよいだけだ。

自分を正当化してんじゃねーよ。

転職の総括

(文章かきかけで読みにくいけど時間がなくなったので、そのままで)

無事、香港でのWorking Visaを手に入れ、IDカードも発行し、住む家も見つかった。まだ家具が届いていないので、生活が安らかになったとは言い難いが、ようやく一息つけそうだ。

それにしても、香港の不動産業界は動きが早い。どれだけ良い物件が見つかったとしても、数日後には無くなることもザラにある。また、こちらが物件に応募したところで、早く預託金を入れない限り仮押さえすらできない。結果、こちら以上に条件の良いオファーが来れば、勝手に契約され、物件が無くなってしまう。今回も、土壇場でオファーが複数件入ってしまったため、少し値上げしたオファーを出して契約にこぎつけた(元々値切ってたので、正確には、値下げ幅がかなり縮まってしまった、ということだが)。

早速異文化で生活することの面白さを体験出来ており、非常に満足だ。そう、異文化経験が今回の転職の大きな目的でもある。なぜ香港に来ようと思ったのか、そして、なぜヘッジファンドに行こうとしたのか、いい機会なのでまとめておきたい。

◆受容力の拡大、及び、精神的なコントロールの必要性

基本的に、物事は自分の思うようにはいかない。自らの理想は、思う通りにいくとかいかないとかを気にせず、ありのままに事実を受け入れること。雄大な川の流れにのるように、社会の波を乗りこ無し、ストレスフリーに生活したい。この部分をいかに強化していくかが大事。しかし、仕事中は特に、自分の思い通りに行かないことにストレスを感じるタイプの人間であった。後輩を指導していたときは、本当にストレスフルに感じていた。このような状況では、まだまだ先の長い人生を見たときに、今まで以上に難しい状況に直面することは自明であった。

自分の器以上に組織、会社は大きくならないという。個の力ではなく集の力を意識したときに、このままの状況ではいかんと思った。しかし、日本で仕事を続けることで達成しうる成長がかなり狭まっているような気がしていた。どれだけ個人のスキルを磨いていったとしても、集団をマネージしようとしたときに、このままでは壁にぶちあたる。そして、その壁を乗り越えるために自分が必要としていた能力は、物事を受け入れる力と、自らのモチベーション、テンション、精神面を目的に向かってコントロールする力である。しかし、日本にいては、個人の能力でなんとかやってけてしまうし、今のままの延長線上で生活してしまう。

◆香港、ヘッジファンド

まず、香港は英語と広東語の世界であり、自分にとって単に生活するだけでも不便が多い。こうした中で、細かいことにクヨクヨしたり、気にしていると生活が出来ない可能性がある。分からなくても、大胆に突破する。いい意味で繊細さを捨てるような経験をしたいと思った。こうしたことが、自分とは異なることを理解し、受け入れる力を伸ばすことにつながると期待している。

今回転職する会社は完全に欧米系で、上司もアメリカ人。スーパーポジティブな良い兄貴的存在のようだ。こうした人たちは、単に根明な訳ではなく、コントロールしているのだと思う。そして、そのコントロールが効いているからこそ、ポジティブに見えているのだろう(もしかしたら根明かもしれないけど)。彼らと働くことで、その思考を学ぶことが一つの大きな目標だ。

ヘッジファンドである理由も、近いものがある。市場は大きな山のようなもので、個人が対抗しうるものではない。如何に状況を受け入れ、共存していくのか、そういった部分を強く意識することが必要となる。そして、うまく共存できたときに、市場の考えが理解でき、うまく行けば、先読みすることが出来る。どのように個人を消して市場に溶け込むか。受容力、精神コントロール、両面での能力向上が必要となろう。

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まぁ自分のメモのために書いてるので、もうこの辺でいいや。
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